ドラゴン ボール

ある夏の終わり、

 

ゆっくりと休める日陰を探していました。

「二十歳になるまでに、

金縛り&霊を見ない人は一生見ない。」

 

誰から聞いたかも思い出せないけれど

僕は信じていました。

 

進学塾に通っていた中学生、

試験休みのご褒美にと、大好きだった先生は、

”怖い実体験”をいつも話してくださいました。

本当の話なんだろうなぁ~怪談を聞きながらそう感じました。

嘘には、聞こえなかったのです。

 

絶対自分は体験したくない!

そう思いました。

よくよく振り返れば、僕は金縛りにあっていたし、

見ていました。

スルーして過ごす事を

無意識に徹していました。

 

人にはそれぞれのタイミングがありますね。

 

僕は、十代より二十代の方が

金縛り、圧倒的に多かったです。

その夏の台風上陸の真夜中、

僕は家を飛び出していました。

猛烈な強風が吹く中、

都内の、あるClubのようなお店に、

何かに引っ張られるかのように行っていました。

僕は、ヘトヘトでスカスカでした。

家は、気が休まりませんでした。

その頃、お付き合いをしていた”恋人”は、

僕にとって掛け替えのない、

とても大切な存在でした。

 

知り合ってからは、大分長い年月が経っていました。

 

潮時を感じていました。

僕は、翻弄されていました。

 

距離を置いて、違った形で関わりたい、そう願いました。

 

別れる覚悟をしたとき、

必然的にそうなってしまったときでした。

 

気力を失っていました。

無音世界で過ごしているような日々でした。

”CLUB"は、ヌメッとした湿気と独特な臭いがしました。

ソファーに座ってると

隣のフロアーからは、低い男性達の笑い声が聞こえてきました。

とってもはしゃいでいました。

飛び跳ねたり、壁に当たる音が響き渡っていました。

 

お客さんは、台風直下の月曜でも結構いるんだなぁ~

ボーっと、そんな事を思っていました。

 

目の前を

背がとても低い男性が

通り過ぎました。

乱れた丁髷のような髪型で、

手には日本刀を握り、

一瞬、寒気がしました。

 

今日は何のイベントの日なのだろう...

夏休みも終わり、平日なのに・・・

夜も大分更けて

僕はトイレに行きました。

トイレに行く途中、

電機はついたり消えたりして

きっと台風が上陸したんだ・・・

トイレの戸を開こうとすると

戸は、バタンと勝手に閉まりました。

 

誰かが入っていたんだ!

いいや、もう一つのトイレに行こう・・・

 

店内なのにビュービュー凄い風音がして

隙間風かな?なんて思っていました。

何十人とも思える騒がしい人声、囁き声、気配、物音・・・

一体どこから聞こえるのだろう?

上の別のお店?

気のせいかな?

動くのも面倒で座っていました。

 

天井には

電球の光の様な何かが

浮かんでいました。

 

なんだろう・・あれ?

人魂かな?

手を振りました。

するとピカッ!と光りました。

きれいだなぁ!目玉親父みたい...

と、眺めていました。

 

店内に流れていたCLUB MUSICが

突然低くなりました。

BGMは耳元でこもり、

グラッと空間が歪みました。

ステレオが壊れたんだ・・・

バッグを入れているコインロッカーに行くと

一人の男性がいました。

後姿から整体師かな?と僕は感じました。

余りにも場違いな気がしました。

男性が、とてもご年配の方だったので。

でもホッとしました。

 

お店のフロントからは、

まるでヤクザの喧嘩のような

ののしり声が響いてきていました。

お店のスタッフが電話越しに怒鳴っていました。

「出来るもんなら、妨害してみろ!」

「ただじゃ済まねーぞ!」・・・etc。

 

お店の雰囲気は最悪でした。

頭痛がしてきて、

帰ろう、そう思ったとき

ロッカーで見かけた老人が、

僕の1メートル程先に立っていました。

青白く発光したように見えて

店内のブラックライトのせいだと思いました。

彼と目があった瞬間、体が金縛りにあいました。

 

立ったまま。

恐怖でした。

 

彼はス~ッと近づいてくると

僕の胸の右側に人差し指で三回、

左回りの”円”を作りました。

 

そして笑いました。

不気味でした。

「怖い!!」僕はそう発していました。

金縛りは解けました。

 

老人はス~ッと他のフロアーの方へ行きました。

僕は、とりあえず

スタッフがいるフロントに行きました。

でも何て言えば良いのか分かりませんでした。

 

老人がフロントの方にス~ッと来ました。

店内の狭い通路で擦れ違いました。

まるで磁石のS極とS極のように、僕は撥ね付けられ、

思いっきり壁にぶつかり、

尻餅をつきました。

擦れ違いざまの老人の目が

余りにも、

人間ではない目をしていました。

 殺し屋なのだろう、

そう思いました。

人を残忍に冷徹に殺せる人、

殺したことのある人だと・・・

冷気を感じました。

チャイニーズマフィアが頭をよぎりました。

 

通り過ぎた彼の背中から

沢山のムチで打たれたひどい傷跡、

鎖につながれた彼、どこか中国の貧しい村、

可愛い小さい娘など色々とみえました。

僕は悲しくなりました。

人間らしく、 人として育てられなかったのかなぁ・・・

僕は「怖がって、ごめんなさい。」

と老人の背中に頭を下げました。

老人は、振り返りました。

 

僕の耳には、

窮地に陥ると、

いつも助けてくれる

勝ち気な女性の声がきこえてきました。

愚かね!

大丈夫よ!と。

老人も”声”が、まるで聞こえていたかのようでした。

 

ス~ッとフロントに行って

こういったのです。

「すいましぇーん、鍵を下さい。」 気味悪い声でした。

話し方が、日本人ではありませんでした。

彼が鍵を手にするところをみました。

 

狭い通路で、また擦れ違いそうになるとき、

僕は、

スタッフしか入れないフロントの戸を開き

中に飛び込んでいました。

いかついスタッフが驚いて悲鳴を上げました。

「ちょっちょっと、お客さん!!どうしたの!? ここはスタッフだけだから!」

 

天井からは、風鈴の音がして

沢山の笑い声が聞こえてきました。

手足は電気でビリビリしだし、感電した時のようでした。

まるで、無数の針で刺されているようでした。

僕は余りの痛さに騒ぎました。

「お客さん落ち着いて・・・。」彼は電話を切り、

僕にそう言いました。

「体が痛い!!!」僕はフロントの前を行ったりきたりして、もがきました。

彼は、電話をかけて誰かを呼びました。

 

しばらくして男性が一人お店に入って来ると、

彼はフロントの戸を開いて

椅子に座り、目をつぶり手と手の間に何かを作り始めました。

それは半透明の地球儀のようで

どんどん大きくなるそれをみたときに

僕は衝撃を受けました。

 

漫画、「ドラゴンボール」って、フィクションじゃないの・・・?!

と。

彼の側にいれば安全、そう思い側にいました。

 

彼がものすごい集中力で作る

気のボールのようなものが

大きくなればなるほど

僕の痛みは酷くなりました。

僕は、まるで

二つの目に見えない”何か”が、ぶつかる境界のようで、

体の中で渦を巻き、引き裂かれるようでした。

つねられてり、

耳元で囁かれたり。

霊魂が、矢のように胸をつっついてきました。

 

「それ止めて!」僕は、男性に訴えました。

彼は半眼でどこか遠くにいってしまっているようで、

聞こえてすらいないようでした。

 

いかついスタッフの目は、充血して飛び出るほど見開いていて、

顔は真っ青でした。

彼はこう言いました。

「お客さん、落ち着いて。大丈夫だから... そこのベンチに座っていて。

他のお客さんのそばにいなね。怖いなら、フロントの中にいてもいいからね。」と。

「大丈夫じゃない!痛い!他のお客? どこにいるの?!どこ?」

 

「..........今日は君しかいないんだよ。」彼が言いいました。

背筋がゾクッとしました。

 

じゃあ、あの鍵を渡した老人は?

何度聞こうとしても、老人の事になると

声が全く出ませんでした。

あの老人は、出入り口のある

僕がいるフロント前を、まだ通り過ぎていない・・・

バッグをロッカーに取りに行くのが怖い・・・

 

いかついスタッフに頼みました。

「一人でロッカーまで行けないから、代わりに行って

僕のバッグを取ってきてください。お願いします。」

「俺は怖いから行けない!帰りたいなら、自分で行って!」

「じゃぁ、一緒に来てください!」

彼は泣きながら言いました。

「もう少しお店にいて。行けないよ、向こうには!」

 

長い事、待った気がします。

痛みが限界でした。

ここを出れば全て終わる!

そう思った僕は

お店の一番奥にあるロッカーまで

勇気を出して一人で行きました。

 

何十とあるロッカーの扉は、開いたり閉じたりして

電機はついたり消えたりしました。

通路にかけてある大きな鏡からは

沢山の人の声がきこえてきました。

鏡は、異様でした。

うなり声とミシミシときしむ音が、いたるところから聞こえてきました。

壁や天井が割れる!そう思いました。

僕は震える手でロッカーを開けて

友人、Jimmyからもらった大切なバッグを

ひったくるようにとりだしました。

走って、お店から飛び出ました。

 

ヘナヘナと店前の道路に座り込んでいました。

いかついスタッフが

追いかけてくるかのように、お店の戸をあけました。

 

彼は、口を震わせ

号泣しながら、僕を見下ろしていました。

そして、すぐ戸を閉めました。

 

夜明けでした。

台風は過ぎていました。

 

横を向くと

通りの先には、

老人が、行者のような真っ白い格好をして

昇ってきた朝日を背に立っていました。

 

もう一度みると、彼はスッと消えていました。

 

怖かった・・・終わった・・・

震えが止まりませんでした。

 

でも、

何も終わってはいませんでした。

 


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